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シルバーアンドサファイア [いし]

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クリスタルはもともと見るのは好きでしたが、
買って自分のものにしたい!という熱はそれほどありませんでした。
というより、これ家に置きたいな~と心魅かれるのは、
なぜだかいつも大きい塊で、数万~数十万はするものだったので、
買う決心がつかなかったのです。

かわいいパイライトの原石があったらほしいな~と思って、
横浜の石屋に足を運びました。

パイライトを探しているのに、
目が向くのは、握ってちょうどいいサイズの石たち。

いつもは、石のうんちくにどうしても目が行ってしまい、
(文字情報を自然に拾う癖が…)
何が欲しいのかよく分からなくなって、選べないのが、
今回はそこに目がいかず、握って感じることができるなあ~と
変化を感じてました。

握ってみて、何か感じるものがあったら、それを連れて帰ろう。
とあれこれ試すことに。

で、まずかったのは、値段も見なかったこと。

ある2つの石を両手に握ったとき、
石が生きているのかと思うくらい、振動が伝わってきました。

なんだ、これ。

ずっと握っていると、
その振動は全身に広がっていきました。
私の体とものすごい反応を起こしている!
最後は頭がくらくらしてくるくらい高いエネルギーが身体中をめぐってきました。

これ、連れて帰って、何が起きるのか実験してみたい!

ふと、値段を見て凍る私。
えっ
こんな小さいのに、この値段~?
しかも連れて帰るなら2個じゃないと~という思いが。

これと同じか、それ以上にインパクトを与えてくれる石があるといいな、と
他の石たちを握って感じてみました。
オプシディアンは少し何かを感じたけれど、
他の石たちは、まるで気を遣ったかのように、沈黙を保っていました。

石屋のお姉さん、
「この石はミネラルショーでさがしたけど、どの店にも売っていなかった不思議な石なんです。
値段はしますけど、
心魅かれるなら、意味があるのでは?買うのに勇気がいりますけどね」

え~え~、そうでしょうよ。

いつもは予算に合わなければ、諦めるのですが、
今回ばかりは、いつもとちがうパターンをとってみたく、
クレジットカードの登場です…
お持ち帰りしてきました☆

夫には相当呆れられましたが、
現物を見て、触って、
宇宙人の持ち物やな~、これ買ってみたくなったのはわかる、
と言ってくれました。
でも、来月支払うのは私なんですけどね。

私は、これを見ていると、
何かの卵のように思えてきて、
しばらくすると何かすごい生物が生まれてくるような気がして楽しみなのです。










ちょっと小さかった~初作品 [ソーイング]

買ったばかりのミシン、やっと手に入れたおもちゃのように嬉しくて、時間があればミシンの前に座っています。





この本に載っていた、スモックブラウスに挑戦してみました。
小物から始めるという選択もありましたが、やってみたいことをとりあえずやってみて、そこで足りないことを見つけて練習していけばいいかな~ととりあえずやってみることに。

反省点は多数。

布地につけたしるしが薄くなっていたり、書きなおして2重になっていたのをそのままにしていて、どこを縫うのがほんとなのか分からなくなってしまった点。

際を縫うときに、生地がおさえの留め金に変な風に巻き込まれていって、収拾がつかなくなった点。

布地の運び方がうまくなくて、なめらかな曲線を描けなかった点。

決められたcmのとおりきちんと折り目をつけられず、1cmのところもあれば、1cm3mmのところもあった点。

一番残念なのは、Mサイズのはずなのに、ちょっとぴちぴちで家で着るにもつらい点。
型紙を自分の体で確かめていなかったのです。


とはいえ、一応形になりました☆この点に関しては大満足です。

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同じものをもう一度作れば慣れてくることでしょう。あきらめずチャレンジです!


平面の布地が立体になっていくのは面白いなあ~と思いました。


振り子の法則だ~ [読書]


ガンジーの危険な平和憲法案 (集英社新書 505A)

ガンジーの危険な平和憲法案 (集英社新書 505A)

  • 作者: C.ダグラス・ラミス
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/08/18
  • メディア: 新書




憲法9条の問題、これも、いろんな人たちが議論しているな~、と他人ごとのように思っていましたが、
選挙を機に、何が問題になっているのかくらいは知っておこうかな~と新書コーナーをうろうろしていたら、
この本がぱっと目にとまりました。

帯に書かれた、「9条とはまったく異質な平和思想の全貌とは?」に関心を持ったのです。

驚いたのは、以下の部分(色字引用)。

インド人が積極的に協力したときに、初めてイギリスの支配は可能になる、ということだ。インド人がイギリスが作った政府に就職する、官僚、警察、兵隊にもなる、イギリスの傀儡政権が可決した法律を守る、その政府が設けた裁判所で訴える、イギリスの学校で勉強する、イギリスが設けたそれぞれの免許証などを求める、イギリス政府から名誉が与えられると喜ぶ、イギリスの工場で働く、イギリス産の商品(特に繊維)を買う、そしてあらゆる側面でインドの知恵、慣習、振舞いなどを劣ったものと軽視し、イギリスのそれに憧れる。 これらをすべて合わせるとイギリスの権力となるわけだ。 興味深いのは、この植民地支配の権力論をさかさまにすると、植民地支配の権力解体論、つまり独立革命論になってしまうことだ。(中略)イギリスの権力がインド人の協力によって生じているものであるならば、その源は客観的にもインド人の手中にあることになる。つまり、すべてのインド人が一気に協力をやめれば、無敵の大英帝国は無力になる。こうして、非協力は最強の実力になりうるのだ。


超スピリチュアルな夢実現/幸福獲得法―振り子の法則トランサーフィン (超★スピ)

超スピリチュアルな夢実現/幸福獲得法―振り子の法則トランサーフィン (超★スピ)

  • 作者: ヴァジム ゼランド
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2009/03
  • メディア: 単行本



なぜ驚いたかというと、振り子の法則、とまさに同じだったから。

ガンジーは振り子の法則を知っていたのでしょうか(笑)?

この本の著者、ヴァジム・ゼランドの提唱する振り子という概念について、簡単に説明しておくと、

この世にはエネルギー情報体としての振り子が存在しており、同じ方向に思考する人々のエネルギーによって築かれるといわれています。 振り子は、人々からエネルギーを吸い上げ、ふり幅を大きくしていきます。 振り子と闘うと、しっぺ返しがやってきます。 その代わり、振り子と闘わずに、その振り子に反応を示さず無視をすると、振り子から解放されることができます。 解放されると、振り子に渡していたエネルギーは自分に戻ってきます。


振り子をイギリスの権力、エネルギーを与えていた人々がインドの人民にあてはめて読むことができると思いました。

ガンジーの運動のおかげで、インドはイギリスからの独立を果たすことができました。
しかし、ガンジーは独立したインドの指導者になることを選びませんでした。
ガンジーは振り子そのものをなくし、人民がそれぞれ精神的に自立する道を探っていたのです。
彼以外のインドの指導的地位にあった人たちは、今度は振り子をインドの権力に変えて維持しようとしました。
ガンジーは振り子にとっては疎ましい存在だったので、暗殺されてしまいました。
インドの人たちは今もエネルギーを振り子に提供し続けています。

私はいったいどんな振り子に自分のエネルギーを与えているのか振り返ってみました。
与えない選択ができているところを見つけて、ちょっぴり嬉しく感じることがありました。
ほかにも、自分でエネルギーを与えるかどうか選べるようになるといいなあと思いました。


ミシン買いました☆ [ソーイング]

家庭科の先生をしている仲間がいるのですが、彼女がよくお手製の服を着ているのを見て、服を作るって楽しそうだな~と思っていました。

しかし、私には家庭科トラウマが…
家庭科の先生は全然好きになれず、声を聞いているだけで不快でした。
授業で
パジャマを作った時は、時間内に出来上がらず、持ち帰りの宿題になり、結局母に手伝ってもらい、
ブラウスを作った時には、前身頃の一番目立つところを不注意でロックミシンで切断し、とんでもない事態を引き起こし、不器用な私には向いていないのだと自分で結論付けました。

でも、自由に好きなものを作れる人がうらやましい、という気持ちはくすぶり続けていました。

その友人に手作りへの憧れを話しても、学校に行っていない子だって使えるんだから、できるよ~と。

それから早2年が経過、ようやく自分に制限をかけたのは自分だな~と認め、チャレンジすることにしました。

ついにミシン購入。 

その行動を起こせたことにちょっと感激しちゃいました。

で、家に届いてみると、何のことはない、ミシンってシンプルな機械なのね。

手順通りやれば普通に縫えることが判明。

ミシンをどれだけお化けにしていだんだ、私(^_^;)

友人に教わりつつ、ぼちぼち楽しめたらいいなあと思っております。


着付け初体験

友人に着物の着付けを習いました。

日本人だったら全員着物を着ていた時代があったわけだから、練習すれば誰でも着れるはずと思いつつも、敷居がとっても高かったのですが、今回習ってみて、随分と親しみがわきました。これは慣れだと思いました。

ひととおりお太鼓の結び方まで教わりました。
固定をしっかりすること、しわは脇のほうによせること、などいくつかポイントがあるのですが、流れとしてはそれほど複雑ではないんだなと分かりました。
ただ固定の仕方などは慣れるまで練習が必要です。

帯枕に帯をかけて、
お太鼓の形に作った帯を後ろに持っていくとき
腕が後ろにいかなくて、びっくりしました。
肩の関節が固くなってるんですね(^^ゞ
タオル体操でもやろうかしら…

着物を着てちょっとしたお出かけができるようになるといいなあと楽しみです。


布ナプキン [カラダとココロ]

布ナプキン、今回初めて使ってみました。

多少手間だけど、それを割り引いても、とても快適☆だったので、また次回も使おうと思いました。

生理がくるといつもブルーになっていました。というのも、ナプキンにかぶれて、ひりひりするからです。
量の多い2日目を過ぎ、3日目に入ると、もうだめ、早く終わって~!という感じでした。

そのことを布ナプキンを使っている友人に話すと、布ナプキン楽だし、全然面倒じゃないよ、と強く勧められ、
買ってみることにしました。

ウーマンケアネットという布ナプキン初心者向けのサイトが充実しています。

私は白うさぎの布ナプキンが好きでした。

ピンク色のコットンネルで、正方形の布です。

これを好きに折りたたんで使います。

このネルは肌ざわりもよく、暖かいです。

ナプキンを使うと身体が冷えるのを感じていたのですが、これは身体を冷やすことなく、経血を吸収してくれました。

もちろんかぶれませんでした。

吸水、保水もよく、4時間は持ちました。

初めて見た時には、きちんとナプキンの形をしているもののほうがいいのでは?と思いましたが、

ただの正方形の布の利点もあることに気づきました。

自分の好きな枚数を重ねられること、

洗うときに薄いので汚れが落ちやすいし、乾きやすいこと。夜に洗って翌朝すぐに使えました。

洗うのもバケツに水を張って重曹と洗剤を入れてしばらく置いておけば、すぐに汚れは落ちました。

今まで生理の日はブルーだったのですが、布ナプキンを使える日がきたと逆に楽しみになる感じです。

しばらくいろいろ試してみようと思います。

ウーマンケアネットという布ナプキン初心者向けのサイトがあってこれはとっても充実しています。

関心が出た方はぜひどうぞ☆



「ハゴロモ」 よしもとばなな 新潮文庫 [読書]

実家から家に戻ってきました。

残念ながら、せっかく裁った布はミシンの不具合により試し縫いができませんでした。
またの機会になります…残念。

またいつもの生活が始まります。



通勤途中に読んだハゴロモ、とっても好きな箇所があったので切り取っておきたくなりました。

以下色字引用

彼はいろんなことを全然急いでいない。何も急いでいないのだ。私は、自分がそれを知らなかったことにがく然とした。状況から見ても、彼は気をまぎわらせるために、何かに向かって、どこかをめざして、そのあいている時間をつまらなくしないためにラーメンを人に食べさせたりしているのかといつのまにか私はそう思っていた。 でもそんなことではなくて、彼は今は、単にそれをしているだけなのだ。お母さんが治ることを待っているのではなかったのだ。今彼はスキーの仕事に戻りたいけど家にいなくてはいけないのでラーメンを作っている気の毒な人だというわけではなくて、とにかく彼は彼のままで、どこにいても彼なので別に何でもないのだ。 (中略) 私は立ち止まり、それを自分に引き比べていた。 私は失恋してかわいそうな感じで東京を追われてきたので仕方なくここにいるわけではなくて、今、ひまだし好きこのんでここにいるのだ、そしてこれからもどこにいたっていいのだ、ということが。そうしたら私をしばっていた鎖がまたひとつ切られたのがよくわかった。

私はここを読んで、はっとしてほっとしたのです。

私まだ、暇で何もしていないことを許していない部分があると改めて思いました。

それは、何か意味のあることをしていると価値のある自分だと思えて、何もしていないと価値が下がってしまう、そんなものの考え方をもっているからなのです。


だから、彼がただ彼でいて、単にラーメンをつくっているのとおんなじように、

ただ私が私でいることが先なんだなと目が覚める感じでした。


意味のあることかどうか、も曖昧な基準ですが、

価値あることをしているかどうか、と私自身の価値とは直接は関係ないということを信じていこうとしているプロセスのなかにいます。

私が私でいるって簡単なようで、実は奥深いものなんだな~。

いちばん大切なことなんでしょうね、きっと。




ハゴロモ (新潮文庫)

ハゴロモ (新潮文庫)

  • 作者: よしもと ばなな
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: 文庫



議論… [テレビ]

テレビをつけたら、これからの日本が核の問題にどう対応していくかについての討論番組が放映されていました。

議論になっていないな~と感じることがたくさんありました。

番組運営上の問題なのでしょうが、

まず、これからの日本がどうあるべきか、日本としてどのような姿勢で臨むべきかについて話し合う場なのに、

外国人が混じっていて、日本はどうあるべきかを述べるというのは、それだけで論点がずれていくなあと思いました。

発言したいと一生懸命にアピールする人が、何分も自分の意見を主張し続けていて、司会者はそれを止められないでいました。

それに対して批判をした人に対して、司会者はこれからあなたの意見を聞こうと思っていたところです、というのです。

砂時計かタイマーを持たせて、1人1分なり時間内で話すということをコンセンサスにしないと、熱くなった数名だけの意見のぶつけあいにしかならないなあと思いました。



それから、気がついたのは、

願望と現実を混同している人が多いと思いました。

希望が持てる、持てないという問いに対して(この問いのたて方にも問題があるとは思いますが…)、

希望を持ちたい、と答えるのです。

希望を持つことを選ぶのでも、希望を持たないことを選ぶのでもなく、

希望を持ちたいな~なのです。

現実はどうなっているのか、現実をふまえるとどうするのがよいのかを考えるプロセスは
ないのです。

現実は認めてしまうと現実になってしまうけれど、現実だと認めない限りは現実ではないと思う癖があるようです。

書いていて、この傾向は私にもあるし、仕事上いろいろな人の話を聞いていても感じることです。

これでは現実に対して有効な策を講じることはまず無理だなと思いました。




加えて、原爆は絶対悪だ、と決めてしまっている人も多いように思いました。

悪だというのは簡単に言えるけれど、

悪だからなくしましょう、という話はあまりにも単純すぎると思います。

悪の部分もありますが、悪とはいえない部分もあるということを認めていかないと、

違う意見を持っている人たちと話し合いが成立しません。

私の先生が「白か黒か」の視点しかないと、行きつく先は戦争しかないと教えてくれましたが、

まさにその通りで、conflict resolution (葛藤解消)という概念をもっと学ぶ必要があると思いました。


私は核についてどう思うかというと…これも昨日のブログに引き続き他力本願で、ほかの人がいいようにしてくれないかな~と思っていました。

でもテレビを見ていて、

アメリカはいざというときに本当に守ってくれるのか、信じるに足る根拠があるのだろうか?

アメリカの核の傘に入れてもらうために、いくらアメリカに支払っているのだろうか?

その額は明らかにされているのだろうか?

アメリカに支払う金額分で自国で核武装することは可能なのではないか?

アメリカに守ってもらっているところで、非核三原則と言っているのは都合が良すぎるのではないか?



などなど疑問点が次々湧いてきたので、いろいろ本を読んでみたいと思います。




政治についていかに無知かが分かりました [つぶやき]


若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!? (ディスカヴァー携書)

若者は、選挙に行かないせいで、四〇〇〇万円も損してる!? (ディスカヴァー携書)

  • 作者: 森川 友義
  • 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
  • 発売日: 2009/07/07
  • メディア: 新書



政治について何も知らないと思ってはいましたが、本当に何も知らないということがよく分かりました(^_^;)。

この本は早稲田大学国際教養学部で「公共選択理論と日本政治」という講義をもとに作成されました。

色つき、本文より引用 合理的選択理論の根本的な考え方は 「わたしたちホモサピエンスは原則的に利己的である」という前提条件を受け入れることから始まります。 自己利益を追求することによって、経済・ビジネスは成り立っていますし、政治の世界もほとんど変わりがないことはこの講義全体を通じて述べてきたことです。

理想論だけでは現実は動いていないのです。政治にかかわっているのは人間である以上、人間としての限界が必ずつきまとうのです。

われわれ有権者は、選挙にあたって棄権もするし、政治リテラシーもあまりない、でも他力本願的に、誰か世の中を良くしてくれないかなと願う動物である。

まさしくその通り。自分のことを言い当てられたのかと思いました。漠然と世の中が良くなったらいいな、暮らしやすくなったらいいのに、とは思うけれど、そのために自分が具体的にどのような行動を起こす必要があるのかということは考えていませんでした。


国会議員はわが国の国益に働いているわけではない 国会議員は、各々の選挙区において、自分を当選させてくれる有権者のために働いている 国会議員にとって最大の目的は選挙において当選することである以上、国会議員は当選するために働いている。

実際はすべての有権者のためにではなくて、”自分を当選させてくれる”有権者のために働いているという指摘は、当たり前ですね。当選しなければ、ただの人になったしまうわけですから。

でも、国会議員には清廉潔白で、国のため、有権者のために働いてほしい、働いてくれるはずだという希望的観測を抱いていました。

”自分を当選させてくれる”有権者…私にも1票あるのですが、でも私の1票くらいでは何も変わらないというあきらめをどこかに持っています。

どうしてそう思うに至ったのかと考えてみると、

特別利益団体の持つ巨大な組織票の存在です。

利益が集中していて、財政的に逼迫していない人たちが、自分たちの権益を守りたいと思う場合に限って、特別利益団体が形成されます。 特別利益団体の国会議員への影響は絶大です。 団体に属さない一般の有権者が損をして、特別利益団体に入っている一部の人たちが得をしているという構図です。

組織票と政治献金の見返りに、国会議員はこれらの特別利益団体が利するような法律をつくっているわけです。

それらに属していない私の生活が自動的に良くなることはあり得ないのも納得です。

やっぱり政治は変わらないし、とそこでまた関心を失っていたのですが、

そうやって関心を失えば失うほど、特別利益団体が国会議員に対して力を持っていくわけです。

だからこそ、たった1票であったとしても、無駄にしたら勿体ない事なんだなと思いました。

そうやって、今までまったく政治に関心を持っていなかった人たちの中で、
自分の1票を大切に行使する人が増えれば、その集団を、国会議員は無視することができなくなるわけです。

だから、せめて関心を失わないこと、投票に行くことは続けていこうと思いました。



それから、おもしろかったのは、

自民党のマニフェストについては、新しいマニフェストではなく、前回の選挙時のマニフェストなら読む価値があります。

これも当たり前の話ですが、なぜか、そっかあ~と膝を打ってしまいました。

政権担当党が、4年間どの程度公約を守れたのか、そうでなかったのか、それを知ることで、引き続きその政党に政権を任せてもいいのかを判断できるわけです。

自由民主党のHPでは
政権公約2005は掲載されていますが、それについての総括はなされていません。

読んでみましたが、達成されたものはいったいどれだけあるのか、相当疑問です。

どれだけ達成されたのかを知る方法すら知らないので、騙され放題なわけですが…。



読売新聞のHPには日本版ボートマッチ2009があります。

今日本で問題になっている政策についての問いに賛成、中立、反対で答えます。

これらにすべて答えると、自分の意見、政治的信条にもっとも近い政党を知ることができます。

実際にやってみると、意外な結果が出ました。

衆議院選挙で投票しようと思っていた政党とは違う政党と意見が一致することが多かったのです。

一票をどこに投じるか、また考えてみようと思います。


そうやって、私の1票も価値があるかもしれないと思う出来事は、私が選挙権を持ってからなかったので、良いか悪いかは別にして、これも時代が変わってきたのだなと思います。




帰省 [お出かけ]

ブログを書こうと思いつつ、考えがまとまらないな~と思っているうちに、1週間以上も経過していました。

今日は夫と一緒に私の実家に帰ってきました。

一昨日の地震で新幹線が使えなくなったかと思って心配しましたが、スムーズに帰ってこられました。

義弟から借りたNINTENDO DS でマリオカートをやったり、

買い込んだ新書を読んだりしているうちに、

あっという間につきました。

両親が迎えに来てくれました。

ひみつの県民ショーなどで、知名度をじわじわ上げている ソースかつ丼をお昼に食べました。

いわゆるカツ用の肉ではなく、もっと小ぶりで薄切りの豚肉なのが特徴でした。

久しぶりに食べてみると、う~ん、豚肉さらに薄くなった?

不景気の影響かしら?

代わりにご飯は山盛りだったので、おなかいっぱいにはなりましたが、ちょっと残念です。


お気に入りのブラウスがあるのですが、しょっちゅう着たのでくてんくてんになってしまいました。

そこで、思ったのは、このブラウス自分で作れないだろうか?

かぶりのブラウスだし、そんなに複雑そうにも見えない。

誰かに教わればなんとかできるようになるのではないか?

中高の家庭科の授業が苦痛で仕方なくて、

課題でパジャマやブラウスを作ったきり、ミシンには触れていない私が、なぜかそんなことを思ってしまったのです。

母が裁縫をしていた記憶もないのですが、私よりは詳しいだろうと思い、聞いてみることにしました。

そんなの型紙を起こせばできるよ、と言われ、

一緒に型紙を起こすことにしました。

ところが、襟元が少し立体的になっていて、それをどのように平面にすればいいのかにかなり手こずりました。

母はこれ全部ほどいたらだめ?というのですが、

できる保証もないのに、そんなリスクは冒せない…

ということで、新聞紙にかたどりし、それをさらに方眼紙に載せて…と大騒動でした。

なんとか型紙が仕上がり、

古いシーツを使って実際に作ってみることにしました。

ここまでで、夕方になってしまいました。

面倒くさいと思うこともあったけれど、でも久しぶりに手を動かすのは楽しかったです。

果たして、実家にいる間に試作品完成なるでしょうか。



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